オラクル

― 異説:ベル&ダルウィーシュ ―


 時代は二十一世紀、舞台は真夏のアメリカ合衆国マサチューセッツ州サフォーク郡ボストン。
 来月に近付いたパリオリンピックに向けて、世界中ではテロ対策が声高に叫ばれていた。
 しかし小説家ダニエル・ベルという男は、オリンピックになど興味はない。彼の関心事と言えば遠く離れたリーズ大学に進学した娘イライザのことと、奇妙な居候の少女パッティのことぐらいだった。
 そんな真夏のある日、水色のヒジャブを被った珍妙な来客が彼の許にやってくる。
 “ファティマ”と名乗ったその客は、ダニエルの頭に拳銃を突きつけると、彼に向かってこう言ったのだった。
「合衆国のため、物語を綴りなさい。ありのままの事実を、フィクションとして描くのよ」
 巨大な陰謀を闇に葬るために、真実を“虚構”にすり替える。そうしてダニエル・ベルと謎多きCIA工作員ファティマの、無謀な賭けが始まるのだった……?

目次

序章: ある日の出来事

不幸: 続けてやってくるもの

沈黙: それは何よりも尊いもの

監視: 誰もが日常的に受けているもの

事実: 小説よりも粋で奇なもの

正義: この世のどこにも存在しないもの

行動: 責任が常に付きまとうもの

源泉: 濁りの原因となっているもの

少女: 白狼を知る者

死体: かつて息をしていた者

現実: 人によって見方が違うもの

真実: 其処にありながらも、誰も気付かぬもの



登場人物紹介(抜粋)

ダニエル・“ダニー”・ベル
主人公、作家。四十五歳。それなりに有名なSF作家兼ゴーストライター。
しかし彼の作品には常にパクリ疑惑が付きまとう(だいたい事実)。
代表作は「メモリー・エラー」というスパイアクション。
しかし、やはりその作品も「悪夢のゆりかご」という小説のパクリである。
イライザ・ベル
ダニエルの娘。リーズ大学で心理学を専攻している。十八歳。
素直で謙虚で真面目で、美人。
どこまでも美しくこのうえなく素晴らしい、ダニエルの自慢の娘。
しかし彼女には、秘密があった……?
ロリ・ベル
ダニエルの妻、別居中。四十九歳。
顔だけが取り柄で、あとはダメな典型的なクソ女。
三度の飯より三日に一回のコカインが好き。
ファティマ・ダルウィーシュ
国土安全保障省、特別捜査官。同時にCIA工作員という顔を持つ。二十七歳。
秘密主義者でプライベートは謎。パレスチナ出身、十三年前に母親とともに渡米。
MIT卒の秀才で人文/社会科学の修士号を取得。
ダニエルの小説に関しては「全部、原作のほうが好き」と、ぼろクソに評価している。
パッティ
風変りすぎる少女。十四歳。何もかもが謎に包まれている。
高機能自閉症で相貌失認、そして統合失調症。鏡をひどく怖がっている。
Dr.カルロス・サンチェス
ダニエルの友人で、精神科医。三代続いている市内の心療内科の院長。四十五歳。
経営者としては優秀だが、医者としては失格。診察も大嫌い。評判はすこぶる悪い。
しかし、そんな彼はパッティに興味を示したようで……?
アレクサンドル・“アレックス”・グリドフ
Dr.サンチェスの診療所にて、受付嬢をやっている女性。三十二歳。
性格や態度は適当そのものだが、仕事はキッチリにこなす。やや完璧主義のきらいアリ。
院長よりもよほど優れた観察眼を持っている。ファティマとは顔見知りの模様。
なお、彼女の母親は元KGBであるとの噂が……。
リン・ハヤカワ(早川 凛)
日本で活躍する女流小説家。ペンネームは「ヤヨイ・クレヅキ(暮月 弥生)」。四十歳
SFに恋愛、純文学など、数多のジャンルを自由自在に描く正真正銘の天才。
ダニエルは彼女のファンであり、たびたびオマージュという名の盗作を行っている。
ファティマも彼女の大ファンである。

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