翠玉のフォノグラフ


 逃げ場のない壁に囲まれた世界から、抜け出した青年がいた。

 父を失い、母も目の前で奪われ、妹さえも亡くし、そうして犠牲を払って得た自由は、本当に自由だったのか。
 生きたいとだけ願い、手を伸ばしてしまった力は、本当に生きるためだけに奮われている力なのか。
 そもそも、あのときの願いは彼の本望だったのか……――?


 彼は何も言わずに、ニタリと笑う。その笑顔はどこまでも深い哀しみに包まれていて、そのうえ酷く渇いて、心などまるで持っていないかのようだった。

***

 旧題「サビクの夢」だった話。

「上 無知蒙昧の子」は現代、パレスチナで燻る天涯孤独な青年ジャーファルと、神なる竜の出会いの物語。
「下 膏火自煎の男」は二一〇〇年後の未来、一代にして巨万の富を築き上げた大天才の末路と、愚かな竜と烏の物語。


目次


【上 | 無知蒙昧の子】

 ささやかな幸せの重さというのは、とても“ささやか”ではない。
 それはあまりにも重く、耐え難い苦痛を時には強いる。
 つまり、その……──俺に、そういうのは向いてないみたいだ。

悲憤慷慨の夜

不倶戴天の世

判官贔屓の女

二律背反の渦

皮相浅薄の霧

跳梁跋扈の兵

冷酷無残の戦

羨望嫉妬の街

土豪劣紳の壁

高材疾足の海

暗中模索の路

一蓮托生の瀬


【下 | 膏火自煎の男】

竜驤虎視の威

意志堅固の睨

雲蒸竜変の際

行雲流水の時

軽佻浮薄の波

青天霹靂の空

窮鳥入懐の憂

***

暗雲低迷の夜

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