EQPのセオリー

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 西暦四二六一年、アルフレッドの方舟こと空中要塞アルストグラン。かつての名をアルフレッド島、更に昔の名をオーストラリア大陸というその大陸は、今や空を漂う空中都市エアロポリスとなっていた。
 アルストグラン。それは一つの大陸が、一つの大きな飛行船となっているのである。夢のようなその都市は、半永久的に動き続けるとされている、永久機関の大型エンジンによって可能となった。
 大型エンジンを動かす動力源は、まだ未解明な部分が多く残されている、未知のエネルギー物質アバロセレン。ここ五〇年ほどの歴史しかないその物質は、アルストグランのエネルギーの全てを賄っているといっても過言ではない。電力は勿論のこと、車や飛行機を動かすエンジンにも、果ては核爆弾以上の兵器にもなり得る優れものだ。……諸刃の剣、とも言われている。
「だからなぁ、アレクサンダー。少しは話を聞いてくれ」
 全てをアバロセレンに頼りきっているアルストグラン。大半の職はアバロセレンにより永久に動く機械に取られ、(金持ちの)人々は生涯を遊び呆けるような暮らしで潰していくなか。探偵兼パパラッチを営む変わり者の男が居た。
 男の名はダグラス・コルト。
 そんな彼には、お世辞にも可愛いとはいえない娘が居た。
「だからアタシは、獣医になりたいんだよ! 人間の汚いところをわざわざ調べるような探偵なんざ、まっぴらごめんだね!!」
 人は嫌いだが獣は大好きで、将来の夢は獣医になること。口も悪けりゃ、言動も乱暴で粗忽。長い金色の髪には強いカールがかけられ、緑色の目は三白眼で、お世辞にも目付きがいいとは言えない。その上に女らしいとは決していえない娘の名は、アレクサンダー・コルトといった。
 女であるにも関わらず、何故彼女の名前は女性名の“アレクサンドラ”や“アレクシス”などではなく、男性名である“アレクサンダー”なのか。それは彼女の父親であるダグラスが、まだ彼女が母親のお胎の中にいた頃から「名前はアレクサンダーだ」と決めていたことにある。産まれてくる子供は絶対に男だ、という大前提のもとに。結果的に産まれた少女は、こうまでも逞しく男勝りに育ってしまったのだが。
「絶対にお前は、探偵になるべきだ!!」
 そんな彼女、アレクサンダーが、この物語の主人公である。
「だーからよ、アタシは嫌だって言ってンだよ! お断りだね、絶対にな!!」
 そんなこんなで今日もコルト探偵事務所には、父と娘の怒鳴り声だけが轟いていた。
「お前には十分に、探偵に必要な素養が備わっている」
「どんな素養だよ」
「洞察力、推理力、しつこいまでの調査と、めげない鋼鉄のハートだ! 今までだって、お父さんの仕事を手伝ってくれたじゃないかアレクサンダー。正式に助手になってくれと言っているんだよ。給料だって出す。小遣いだって言ってるワケじゃないんだぞ」
「歩合制だろ? つーか、探偵の仕事も来ねーくせに、どの口が言ってるんだか」
「……!!」
「食い繋げてるのは探偵業のお陰じゃない。母さんのパート代と、有名人を追っかけ回すパパラッチで手に入る金だ。それに、パパラッチを手伝えって? ふざけんじゃねぇーよ、クソジジィ!」
 アレクサンダーがどうしてこうまでも探偵業、というよりも父親の仕事を嫌っているのか。それは“パパラッチ”という単語で全てが片付く。
 アレクサンダー自身は、別に探偵業は嫌いではないのだ。人のために頑張るという使命感で、働けるからだ。
けれども副業の――というよりも、現在は本業と優先順位が入れ替わっているのだが――パパラッチが彼女は大嫌いだったのだ。
何故ならば、嫌がる人間をつけ回し、そうして撮った写真を出版社に売りつける、極悪卑劣にして人間性の欠片など微塵もない、最低最悪の仕事でしかないからだ。

 そんなのを手伝えだって?
 答えは、ノーだ。

「断固拒否する。パパラッチの手伝いなんてくそ食らえだね」
「ちょっ、待て。どこに行くんだアレクサンダー!」
「どこって、学校だよ。アタシ、まだハイスクールに通う学生なんだよね。そこをお忘れずに」
「今日は休日だろ?!」
「今日は月曜日だよ。休日は昨日までだ。アタシは親父と違って、毎日が日曜日じゃないんだよ」
 アレクサンダーはソファーの上に投げ捨てていたバックパックを背負うと、振り向き様に父親に舌を出し、探偵事務所のドアを乱暴に開け放つと走り出した。
 このままじゃ、約束の待ち合わせ時間に遅れるかもしれない。
 右手首につけた腕時計で時間を確認しながら、強いカールがかけられた長い金色の髪を振り乱し、アレクサンダーは待ち合わせ場所へと急いだ。





「十五分の大遅刻だな、アレックス」
 アレクサンダーが待ち合わせ場所にようやく辿り着いたとき、そこには既に友人──蛍光色な緑色のバックパックを背負った、ブルネットの頭に赤いバンダナを巻いている明るい茶色の目の男──ニール・アーチャーがうんざりとした顔で立っていた。
 ニールは近所に住んでいる幼馴染みで、エレメンタルスクール、ミドルスクール、ハイスクールと同じ学校に通う、アレクサンダーの数少ない友人である。アレクサンダーは「ごめん」と一言謝りを入れると、来た道を睨み据えるのだった。
「野暮用で、遅れた」
「その野暮用ってのは、親父さんとの怒鳴りあいか?」
「……まっ、そういうとこだよ」
「飽きねぇよな。お前も、お前の親父さんも」
 コルト探偵事務所で怒鳴り声が聞こえない日ってのはあるのか?と笑い飛ばしながら、ニールはアレクサンダーの背中をバシンと叩く。遅刻に関しては特に深く怒っているわけじゃぁない、という一種の意思表示のようなものだ。
「まあでも、急がねぇとバスに間に合わないぜ?」
 ニールは腕にはめた時計を見ながら、呑気な声でそう言う。そしてニールは、アレクサンダーを置いて一人走り出した。
「待てって、ニール! おい、ゴルァ!!」
 アレクサンダーもニールを追って走り出す。最寄りのバス停へと、急いだのだった。




 そして辿り着いたバス停。ごったがえす学生の人ごみの中、どうにかこうにかアレクサンダーとニールの二人は、バスに乗り込むことが出来た。
 けれどもバス停には今日もまた、最終便のバスに乗り損なった者たちが置き去りにされていた。
「……」
 いつもの光景だ。
 学校行きのバスはどの便でも、取り合いになる。そして乗れるのは運が良かった者たち……――ではなく、力の強い者たち。力といっても、腕っ節の話ではない。俗に言う“スクールカースト”で上位に君臨する者たち、つまり権力のある者たちだけなのだ。
 とはいえ、アレクサンダーやニールは、そのスクールカーストに組み込まれているわけでは無かったし、組み込まれることを望んでもいなかった。それに彼らがこうしてバスに乗り込めているのは、それこそまさに腕っ節の強さのおかげである。人を掻き分け引き剥がし、どうにかこうにかでいつも乗り込むのだ。
 歩きで学校まで行くのは、ごめんだった。
 何故ならば、それは暗に遅刻を意味することになるからである。
「今日も何とか無事に乗れたな、アレックス」
 ぎゅうぎゅう詰めの人の中で、ニールはホッとしたようにそう呟く。
「ああ、そうだな」
 窓に押し付けられながら、アレクサンダーもそう呟く。そんな彼女は、バス停に置き去りにされた人ごみを見つめた。と、その人ごみの中。地べたに座り込む一人のアルビノの美少女が目に映る。
「……」
 白い髪に白い肌、それと去りゆくバスを見つめる虚ろな赤い目。そんな少女の手には、踏みつぶされたかをして折れたアルミの杖が握りしめられている。
 折れた杖を器用に使い、よろよろとした足で立ち上がる少女の様子を遠巻きに見ながら、何故だかアレクサンダーはバスに乗り込んだことが後ろめたく思う。すると人込みから顔を出したニールも同じ少女を見つめ、可哀想に、と言った。
「アレックス、あれが噂のユン・エルトルだよ。長いこと病気してて入院してたけど、症状が良くなったから復学したっていう。けど、なんつーか、こう……あんまり評判がよくないらしいぜ?」
「評判がよくない?」
「詳しいことは俺も知らん。とはいえ、ユンちゃんってのは見ての通り美人だろ。だから、他の女子の僻みとか凄いんじゃないのかーとか、俺は予想してるが。それで勝手な噂を流されて、評判が地に落ちた、てきな。ほら、良くあるだろ。そのテのやつって。女子のドロドロっていう」
 ドラマの観過ぎだよ、とアレクサンダーはニールを詰る。けれどもアレクサンダーの視線は、まだ“ユン”という少女から離せずにいた。
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